ナシュビルでのできごと
            −国旗と国歌−
 
− 2002年7月1日 掲載
 
ワールドカップ・サッカーも終わり、「宴のあとの寂しさ」を味わっている・・・・・という趣だろうか。

多くの若いサポーターたちが、"日の丸"の旗を打ち振り、フェースペインティングをして、熱狂する光景がテレビに映し出される。キックオフの直前には、対戦する両国の国歌が演奏され、日本チームが出場するゲームでは、大観衆が"君が代"を口にする。やはり国と国が対戦するともなると、「日本 がんばれ!」の感情が盛り上がってくる。

以前、アメリカのテネシー州のナシュビルという音楽の街へ遊びに行った時の話だ。この街は、アメリカの"演歌"とも言えるブルーグラスミュージック誕生の地で、郊外に、音楽をモチーフにしたテーマパークがある。

オープン前に到着すると、正面ゲートの内側で演奏している陽気なディキシーランドジャズを聞きながら、多くの人が外で開門を待っていた。開門時刻になると演奏がピタリと止んで、毎朝恒例のオープニングセレモニーが始まる。1本のトランペットが国歌を演奏し周りの森に響き始めると、ゲート前の大きなロータリーの真ん中に立っている高いポールを星条旗がゆっくりと昇ってゆく。

驚いたのは、その場で開門を待つ数百人もの家族連れやカップルが、微動だにせず、まるで凍結したかのように静止して国旗をジーッと見詰めていたことだ。帽脱して国歌を口ずさむ人、左胸に右手を添えた半パン姿の父親と並んで野球帽を胸に当てて国旗を見つめる息子、敬礼をして直立不動の姿勢の家族など。付近一帯が一瞬、固まってしまったようだ。

別段、「今からセレモニーを始めるから国旗に注目」などのアナウンスがされたわけではない。私は、その風景を写真に撮ろうとしたのだが、カメラを手にするために動くことさえ阻まれるほどで、ジーンと心を打たれるセレモニーだった。

それが終わると、みんな、我に返って、解き放たれたように賑やかにゲートへと向かって行った。きっと、このようにして、親から子へと日常の習慣が伝承されてゆくのだろう。

とりわけ、数多くの文化が入り交じった多民族国家のアメリカでは、国旗と国歌は国への忠誠心を表すために欠かせないシンボルだ。野球やフットボールなどの試合開始前にも、このようなセレモニーは厳粛に行われ、観衆は総立ちで国旗に見守っている。

それと同じことが、テレビ中継をしているでもない田舎街の遊園地のオープニングにまで、習慣が日常的に染み込んでいるのに驚かされたものだ。少なくとも、国際的には国旗と国歌に対する思い入れは、日本で考えるより遥かに大きいようだ。

98年の長野冬季オリンピック大会の表彰式で、金メダルに輝いたハイティーンの女子選手が表彰台の一番高い場所に立って"君が代"を聞いている。

しかし残念なことに、帽子を脱いだ外国人選手の間に立つ日本人の金メダリストが、帽子をかぶったまま表彰台から"日の丸"を眺めていたのを見て、日本人の国旗や国歌に対する考え方に首をかしげてしまった。立派な競技成績を残したとは言え、国際競技で活躍するには、高い技術を身に付けるだけではなく国際的な儀礼も学ばなくてはいけない。

生まれて初めての大舞台に臨んだ彼女に、コーチが適切なアドバイスをすべきだった。テレビを見ていて、"国際標準"を身につけるには子供の頃から親の役割が大切だと痛感したしだいだ。

毎年、春の卒業、入学のシーズンになると、"日の丸"と"君が代"がマスコミ沙汰になる。そのデザインや歌詞に複雑な経緯があるとしても、せっかく若者が自発的に受け入れ、社会に根付こうとしているものを取り上げるのは如何なものか。

サッカーの熱戦をテレビで観ながらナシュビルで星条旗に向かって敬礼していた子供たちを思い浮かべ、日本人の民族意識や国家感について思い起こしたしだいだ。




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