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| 「抜本的革新の先に“IT行政”が見える」 − 2001年4月2日 掲載 |
今、このコラムを新幹線の車中で書いている。今朝から引越しの荷物をトラックに積み込んだあと、新幹線に飛び乗った。明日は朝早くから、引越し先で荷物の運び込みのためにパニック状態になる。 さて、今回の引越しにあたって、公共料金などの移転手続きをした。東京ガスや東京電力などは、コールセンターの担当者に伝票に書かれた「お客さま番号」を伝え、先方がパソコンで検索した当方の名前や住所などの情報を確認し、最後に移転先の電話番号を伝えれば、すべて完了。この間、担当者がパソコンのキーボードを叩いて検索している音が受話器の向こうから聞こえて来る。東京電力などは、「最後にブレーカーを切ることを忘れずに」という“注意事項”まで親切に教えてくれた。 ところがNHKの受信料の移転手続きについては、名前から始まって住所、電話番号、契約内容、引き落とし方法、移転先の住所、電話番号などを言わせておいて、最後に加入者番号を言わせる。やり取りの時の時間間隔やパソコンを叩く音がしないことからして、所定の用紙に手書きをしている雰囲気だ。「移転先の受信契約は衛星放送受信にするか」としつこく聞かれて、「郷里へ帰るのだから新規に契約する必要はない」と言うと、しぶしぶ引き下がった。どうも、この機会に契約を減らされては困る・・・・という姿勢が言葉のやり取りの端々から伺える。 "引越しの手続”を一例としても、組織によって事務の手順には落差があるようだ。 もはや30年以上も前、企業がホストコンピュータを導入しはじめた頃、「MIS」(経営情報システム)という言葉が一世を風靡した。またその後、事務の合理化と称してオフコン(オフィスコンピュータ)を各社が競って導入した時にも、「機械を入れる前に業務の現状を見直し大胆な業務改革をしないと、期待効果は得られない」と言われた。IT化も同様で、歴史は、繰り返されるものだ。 昨年、筆者の父が他界したのだが、その後の手続の多さに辟易とさせられた。もはや事務処理能力が落ちてしまったり、外出がままならない高齢の配偶者(母)には、とても処理できるものではない。簡単に休暇が取れないサラリーマンや遠距離介護をしている人にとって、ありにも煩雑な手続は苦痛の連続だろう。 特に驚いたのは、父が加入していた国民年金を「遺族基礎年金」に切り替える処理だ。社会保険事務所に電話で聞いた必要書類や裏付けの証明資料(預金通帳など)だけで、7、8点あり(自治体によって差があるようだが)、実は、その文書を入手するために発行申請書などを書かないといけない。ほとんどの書類は、住所、氏名、生年月日など型どおりの内容を単純に埋めるだけだ。代理人が申請する場合には、別に委任状を作って添えないと発行してもらえないものもある。こういった仕事を全国で毎年、何十万人もの遺族が強いられていることになる。 思い返せば、父の「先が近いぞ」と感じた日から相続税関連の申告処理を完了するまで、あちこちを走り回って実に膨大な数の事務処理を行なった。分業や役割分担という名の元にズタズタに切り刻まれた役所の機能を、我々一般市民が縫い合せているようなものだ。 電子政府の推進の掛け声に乗って、政府は行政事務の電子化、オンライン化を進めており、地方自治体も電子自治体の実現に向けて準備をしている。行政手続のIT化を進めるために、パソコンを職員一人一人に配備したりIT技術者を採用するケースが多いが、それより大切なのは、「組織体制や仕事の手順をIT化に適した形態に改革する」ことのはずだ。これにはパソコンを使う知識、つまり「WordやExcelが使える」といった実務能力はさほど重要ではない。それ以前に、仕事の現状を見直して改善、合理化/効率化するためのノウハウと、「変えてやるぞ!」という情熱こそが重要なはずだ。どうも、大きな勘違いをしているように思えてならない。 「お役所仕事」という言葉は、あまり誉めた意味では使われない。この言葉をよく考えてみると、役所機能の自己防衛や保身のために、市民に作業を押しつけているように感じられる。言い換えれば「あとで問題が生じたときに困らないように手を打っておくために、申請者にこの文書を作らせればいい」ということと映る。 ハンコが形骸化していることは誰もが認めているものの、いったい誰が「もう廃止しよう」と宣言するのだろうか。「後になって悪者扱いされないためには、現在の行政システムは変えない方が賢明だ。“ハンコの廃止”など、自分からは言い出さない方がいい」といった役所の精神構造の一端が伺える。過去に生じた全てのケースに対処できるように事務システムを構築するとなると、文書が増加し、作成作業が一般市民に押し付けられる。その結果、役所の組織は、もはや古典的になってしまった「パーキンソンの法則」に則って肥大化し、政府や自治体の予算も公務員の人数も増えてゆくことになる。 そんなことを考えると、一般市民が逆らうことのできない“官尊民卑”の社会構造の中で、「全面的な電子政府や電子自治体は本当に実現できるのだろうか」、と思いあぐねてしまう。たぶん「他の自治体が成功したのを見届けてから、我が方も続こう」というのが“官の本音”に違いない。役所自身が「その気」になってくれないとコトは進まないのは無論だが、行政組織の体質を十分に理解した上で、構造改革/事務革新を推進してからIT化を図らないと、成功は約束されない。
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