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| 「IT革命が押し寄せる映画産業」 − 2001年5月14日 掲載 |
ひとつの業界で、その根底から変革をもたらすことは容易ではない。その業界に、普遍的なニーズや変革への合意、具体的な解決策(ソリューション)が揃って、はじめて業界は改革に向けて動き出す。今、映画産業界が大きく変貌しつつあり、将来、大多数の映画が電子化されてフィルムに置き換わることも否定できない様相を呈してきた。 映画産業は、ヒット作品を作って少しでも多くの興行収益を獲得するという命題がある。その一方で、制作コストや配給コスト、上映コスト、さらに制作日数を少しでも削減したいというニーズがある。昨今の高度な映像処理技術やブロードバンドネットワーク技術というソリューションが身近なものとなってきたことより、映画産業界が共通して抱えていた課題が解決へと向かい始めた。映画監督が「こんな映画を作りたい」「こんなシーンを撮りたい」とイメージしても、制作コスト上の制約から実現できないケースもあるが、今ではITが強力な武器になりつつある。 映画の制作分野ではすでに、パソコンを使ったCG(コンピュータグラフィックス)やビデオカメラによる撮影、特殊効果撮影などディジタル技術が広範囲に採り入れられている。一部の監督は、撮影から編集までの全てをディジタル処理する方式を採用し始めた。 これまで技術的な壁があった映画撮影専用カメラの技術開発に、大きな進展が見られる。昨年あたりから採用され始めているカメラの走査線が1,080本なのに対し、NHK放送技術研究所では今年1月、走査線が2,250本の超高精細度カラーカメラの試作開発をした。将来は、走査線が4,000本級の「高臨場感放送システム」を目標にしている。おそらく、放送以外に映画撮影にも利用されるだろう。より高速画像処理が可能なソフトウェアを開発すれば、現在の映画に匹敵する精緻な映像制作が実現できる。編集作業もフィルムの繋ぎ合わせではなく、パソコンを使ったディジタル編集に置き換わろうとしている。 しかもハードウェアが安くなり、さらに労働コストの安い国で得意分野を分担し、部分加工して別の国へ転送するなどのネットワークを活用したボーダーレスな地域連携も採られている。これにより、短期間に安く映画を制作することが可能となってきた。 ブロードバンドが本格化すると、映画の配信形態も変わるだろう。例えば、ハリウッドで編集が終わったらすぐに日本の配給会社へ伝送し、全国各地の映画館へ配信し映画館内のハードディスクに蓄積しておけば、翌日には上映できる。字幕入れや映画の内容の法的検証(いわゆる映倫)を、日米間のネットワークを利用した並行作業で事前に処理しておけば、制作期間が短縮でき、理論的には映画が完成した翌日(時差を考えれば当日でも)には、日本の全国の映画館で上映が可能となる。完成した映画は、上映して初めて事業収益が獲得できるわけで、1日でも早く上映する必要があるが、ネットワーク化によってこうした“念願”が叶うことになる。 今年7月に東宝とNTT西日本が、ブロードバンドで配給会社から劇場へディジタル化された映画を配信する方式の実証実験を開始する。一般家庭への配信についても、ニフティはDSLなどの高速回線を利用して、インターネット映画館の“興行”を4月から開始した。外出先で、ノートパソコンやPDAを使って、あるいは携帯電話で映画を見ることも具体化しつつある。「大型ホームシアターで映画を楽しむ」という夢物語も、実用化への糸口が掴めそうな気配だ。 出来上がった映画は、CATV、旅客機での機内サービス、パッケージとしてのDVDなどで二次利用されているが、ディジタル化されると流通経路の多様化が加速されるに違いない。映画館の新しい概念である「シネマコンプレックス」(複合映画館。略して“シネコン”)が米国で初めて作られたのは、10年も前のことであるが、むろん当時はフィルムを使った映画館だった。それが、日本でもやっと本格化し始めてきた。 映画館そのものにも、ディジタル技術の波は押し寄せている。従来のスタイルの映画館の映写室では、複数の大きな映写機やフィルムを置くための広い面積を必要とするほか、映写機のフィルムを送る機構から出る音や映写が終えたフィルムを巻き返す音などを遮音する構造も必要だ。資格をもった映写技師も置かなくてはいけない。 電子方式の大画面用プロジェクタは、かつてアイドホールやタラリアへと発達し、ここ長年はブラウン管を使ったビデオプロジェクタ方式が主流だったが、シネマ映像とは明るさ、鮮明さなどの点で比較にならなかった。しかし「DLP(Digital Light Processing)」という大画面用ビデオプロジェクタが登場してからは、技術的環境が急展開し始めている。シネマ映像に近い画質が得られ、すでに一部のシネコンで採用され始めてきた。電子式大型プロジェクタを使えば、VTRなどの再生機を1か所に置いて集中管理し、1つのシネコン内でネットワーク運用が可能となるから、人件費やスペースの点で運用効率が高くなる。 ディジタル技術やネットワーク技術が発展する一方で、著作権や興行権の問題、字幕入れや吹き替えといった言葉の問題、倫理規定上のチェック方法、映写画面に関するIT化時代に適合したSMPTE規格の改編などの課題が取り残されており、普及への問題は山積している。むろん機器コストが低廉化しなくては、一般普及は難しい。 映画人口が急減する中で、リュミエール兄弟が現在の映画のスタイルを始めてから100年余りにして、映画の制作から配給、上映に至るまで映画産業界に大変革が起きようとしている。かつて、テレビ局の取材用フィルムカメラがビデオカメラに置き換わったことにより、報道番組の制作スタイルが大きな変革を迎えた時代があった。映画産業も、10年〜15年後にはフルディジタル化(撮影カメラから、上映までの全てがディジタル化)が広範囲で進もうとしている。 何十年も踏襲してきた慣習と手法を打ち破り、共通した課題を勇断をもって大胆に変えてこそ、IT革命は実現のものとなる。ニーズがありソリューションがあっても、改革に向けての大多数による合意を得ることは最も困難なプロセスだ。映画産業界には、何とかして現状を打破しなくてはならないとの合意が出来つつあるように感じられる。改革によって仕事を奪われる人は、改革を決してヨシとはしない。経営は「知力と体力」、それに「胆力」が必要と言われる所以でもある。
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