「“時刻情報”ビジネス時代がやってきた」 − 2001年6月11日 掲載
 

だいぶ以前に聞いた話なのだが、新興の衛星通信事業者が高速通信を売り物にして事業を開始した。その会社が、日常的に国際間の高速データ通信を行なっている為替のディーリング会社へシステムを売り込んだところ、通信の遅延が問題となって、商売は不成功に終わったという。

 つまり、日本の為替ディーラーが発信した取引情報が米国などの相手国に届き、その結果が手許に戻ってきて初めて処理が完結する。しかし、自分が送信した情報が3万6,000km上空の通信衛星に到達し、再び地球上に戻って来るまでの往復によって伝送の遅延が生じ、日米間を往復すると約0.5秒の遅れが発生してしまう。これが「待てない」のだそうだ。一瞬に勝負を掛ける為替ディーラーにとって“時間”へのこだわりは大きい。

 EC(電子取引)が日常生活に浸透し始めている。コンサートや乗物のチケット予約、またオークションなどのように“先着順”で成立する取引では、時刻情報が重要な意味を持つ。郵便による懸賞論文の応募や、賞品の申し込みなどでは「締め切りは何月何日、消印有効」というのが多い。電子メールでの応募や申し込みが増えてくると、「何月何日何時何分着信有効」という募集要領が出てくるに違いない。

 私は、メールの着信時刻を気にする方だ。「昨日は遅くまで仕事をしていたのだなぁ」などと、知人の生活パターンの一部が見えてくる。私のようなケチな人間は、通信料金を節約するために3〜4本のメールを書き、一括してダイアルアップで送信したりするから、時として送信するのを忘れてしまい、時間が経ってから送信することがある。その場合、メールを書いた時点と、相手に到着した時刻には大きな差ができてしまい、ややもすると相手に誤解や混乱を与えてしまう。

 先日、休日出勤をした時、ある人に朝早くから仕事をしているように見せかけようとして、昼頃に「4時間ほど前にメールを送信した」ように操作を試みた。電子メールを送る時に、自分のパソコンのタイマーを繰り上げて設定し直してテストをしてみたのだが、現在の時刻でしか送信できない。システムの管理者に聞くと、「会社のメールの送信時刻は、メールサーバーの中の時刻を適用するか、パソコンの内部のタイマーを適用するかが選択できる。今は、サーバーの時刻を選択する方法を採っている。だから自分のパソコンの内部タイマーの設定を変更しても、相手にはサーバーに設定されている正しい時刻が送られる」とのことだった。したがって、私の“アリバイ工作”は不成功に終わってしまった。

 しかしその気になれば、サーバーの設定を変えて時刻の“偽造”ができる。他の人から受け取った電子メールの文面の日時や時刻を改竄して、別の人に送ることも極めて簡単にできる。懸賞に応募をしようとして締め切り時間に遅れても、時刻情報を改竄して、滑り込もうとする人が現れるかもしれない。

 取引に活用されている電子メールが、公的文書としての証拠性に欠ける理由がここにあるのだが、こんな状態では、IT革命の信頼性は確立できない。ディジタルカメラなどに、タイムスタンプという時刻を画面に映し込む機能があり、便利ではあるが、これにも証拠性はない。伝統的な「紙文化」や「書面主義」「ハンコ主義」は、紙の持つ“うやうやしさ”と同時に、信頼性に因るところが大きい。電子化された文書に記載された発行日や、受付日時の信憑性が保証されないとなると、これはシステム上の大きなアキレス腱になる。

 日常生活では、テレビやラジオの時報や画面の時刻表示にしたがって、腕時計の時刻を合わせることが多いが、最近では腕時計を持たず、携帯電話の時刻表示を時計代わりにしている若者も増えているという。高級腕時計の出番が減ってしまった。

 他方ビジネス面では、精度の高い“時刻情報”が、システムや取り引きに重要な位置を占めるようになってきた。cdmaOne方式携帯電話のように、携帯電話の基地局から発せられる電波の同期を取るため、GPS衛星に搭載された原子時計を基準に送信される時刻信号を使うシステムもある。

 また、放送局で時報や番組の送出を制御するためのマスタークロックを校正したり、古典的とも言えるNTTの「117時報サービス」の時刻制御のために、通信総合研究所から送信されている「JJY」という40kHzと60kHzの長波帯標準電波が使われている。この信号を利用した電波時計は、腕時計や掛け時計としても市販されており、その精度は、なんと「約10万年に1秒の誤差」なのだそうだ。

 しかし、日常生活や通常の仕事に、それだけの精度を必要とするのかと言いたくもなる。インターネットを使ってパソコンの内蔵タイマーを自動的に補正するサイトも増えている。

 いずれは、精度の高い外部の時刻信号を家庭のパソコンのタイマーに取り込み、Bluetoothや無線LANなどを使って屋内ミニ放送局のように家の中やオフィス内に送信し、家電製品や各種の機器を制御するようになるだろう。「時は金なり」というが、「時刻情報は金なり」の時代がやってきそうだ。ただ、時間に制御されて振り回されるのではなく、自分の時間軸だけはしっかりと守っていきたい。

 
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