「ブロードバンドが握る既存放送事業の“存亡”」 − 2001年9月3日 掲載
 

 身近な人からも、「ADSLを入れたのだけど、画面の動きが早いね」の賛辞を聞くようになり、ブロードバンドの時代が身近なものになりつつあることを実感する。「64キロが早いの遅いの」と議論をしていたのが、つい2〜3年前のことだったが、一挙に1.5メガ、8メガの世界に突入してしまった。年内にはADSLだけで100万加入を突破しそうな勢いで、CATVとFTTHと合せて、ブロードバンド化への方向転換は予想以上に急激だ。

 昨年5月から先日までの1年間あまり、NTTと松下電器が金沢市で、大容量の光ファイバーを家庭や企業に引き込んで、どんなビジネスが成立するかを検証するための実験を行なった。それによると、映像や音楽、ライブコンサートの中継など娯楽系の情報配信が特に好評だったという。しかし、このブロードバンドの活用方法は、まだまだ模索段階にある。

 ブロードバンドが日常生活にまで普及して最もドラスティックな変化を来たすのは、テレビ放送ではないだろうか。現在、一般家庭に優れた映像(番組)を送り届ける手段として、放送メディアであるテレビやCATV、またパッケージメディアであるVTR、DVD、ビデオディスクなどがある。

 しかしブロードバンドの通信回線が一般家庭にまで整備され、家庭で気軽に映像が見られるようになると、テレビの楽しみ方も大きく変わることになる。今のテレビ放送のように少ないチャネルの内から一つを選んで見るのではなく、数多くの番組を保管して配信提供する事業者へ利用者がアクセスして個別の番組の配信を依頼し、それをダウンロードして見るというスタイルになる。いわゆる「オンデマンド型」のテレビが主流になるだろう。

 現在のテレビ放送は、電波を使って配信するという性格上、基本的には、1つのチャンネルでは同時に1つの映像番組しか送れないという短所があり、また周波数資源に限りがあるために送れるチャンネル数にも限度がある。しかし、通信型のネットワークを利用するオンデマンド型の番組配信事業者の数には制限はないため、アナログ方式のテレビのディジタル化と比較して、大幅な多チャンネル化が図れる。現在のホームページの大多数は文字や静止画の情報を提供しているが、おそらく将来は、動画の番組や映像情報のサイトが無制限に登場するだろう。現在のテレビのような総合チャンネルではなく、専門分野の番組配信事業者が多く誕生し、しかも過去の番組がハードディスクに保管(アーカイブ)してあれば、古い思い出の番組を、いつでもダウンロードして楽しむこともできる。

 そもそも“放送時刻”という概念もなくなるだろう。利用者は思いついた時に、自分が見たい番組を持っている事業者にアクセスして好きな番組をダウンロードするようになるから、「録画予約してハードディスクに入れておく」ことも必要がない。ドラマやスポーツ中継の放送時間に合わせて会社から飛んで帰ったり、見損なってガッカリしたりすることもないし、見たい番組が同じ時間に重なって困ることも、家族でチャンネルの争奪戦をすることもなくなる。

 何千万人もの公衆に向けて同時に配信ができる機能を持っているテレビ放送局は、「国民共有の希少な財産である周波数帯域」を独占的に使える権利を持っている。しかしブロードバンド時代には、その特権も優位性も、また放送事業免許や規制も意味を持たなくなる。テレビ放送局という数少ないチャンネルを巡っての「視聴率争い」も意味が薄れる。つまり、「テレビ放送局の敵はブロードバンド番組配信事業者」ということになる。オンデマンド式の番組配信事業者が増えると、“多番組少視聴”となるため、マスメディアとしてのテレビ局の業界構造が大きく変わり、巨大な広告媒体としてのテレビ放送の様相が一変するに違いない。「何々テレビ系列」という配信上の制約からも開放されるから、放送局の系列関係を解消し、番組提供の自由化を促進すべきだ。

 放送事業者は、送信アンテナから電波を使って不特定多数の人々に番組を送信することを前提とした事業形態になっているが、それが大きく変わっていく。放送局は番組を制作する役割と、番組を視聴者へ送り届ける配信の役割とを担っている。コンテンツサプライヤである前者は今後も発展するが、後者は従来の電波メディアからオンデマンド型のブロードバンドに置き換わっていくだろう。

 欧米には番組を制作する放送局と、番組を送信する企業とが異なる例が多く見られるが、国内の放送局は早い段階で、番組制作と配信の双方の機能を分離する“制配分離”を推進しておかなくては、情報通信の環境変化に立ち後れ、存続が危ぶまれる。つまり商品に例えるならば、生産機能と流通機能の分離に似ており、放送局の後者の機能を早期にブロードバンドにシフトする必要がある。通信回線を利用することにより、サービスエリアの概念はなくなり、また電波メディア特有のゴーストや電波の不感地帯の問題もなくなる。

 ブロードバンドが普及発展することにより、地上波ディジタル放送、BSディジタル放送などの実用化も無意味となる。また、将来のディジタル放送実現に向けた予算措置が検討されているが、それも意味がなくなる懸念がある。テレビ主導のマスメディアは崩壊し、テレビ放送用の周波数帯域が余るから、「ブロードバンド・モバイル」に割り当てることが望ましいだろう。一時、地上波デジタルテレビ放送の送信設備として東京都心部で繰り広げられた“第2東京タワー”の建設論議も、無駄になりかねない。

 映像を受け取る側にたてば、現在のようなパソコンでブラウザを立ち上げてダウンロードする・・・・・といった方法では、一般生活者市場に広く普及させることは難しい。リモコンを使って簡単に見ることのできるようなパソコン機能を内蔵した映像端末を商品化する必要がある。多くの人が集中的に番組のダウンロードをすると、ベストエフォート型のブロードバンド回線が機能しなくなり、消費者に不満を抱かせる心配がある。夜間などの回線が混んでいない時間帯に番組をダウンロードしておいて、昼間の自由な時に見たい部分だけを早送りして見るというような視聴スタイルが定着するだろう。

 さらに加えれば、優れた映像を提供する場である映画館も変わる。わざわざ出かけて行って見なくても、自宅にいながら自由な時間にビールを片手に映画を楽しむことができる。映画館の将来は、迫力ある超大型映像や立体画面など、家庭のテレビでは見ることのできない映像を提供する場などに特化しないと生き残れなくなる。

 しかし他方、大きな問題がある。つまり、配信された鮮明な画像が無断で録画され、どのように二次使用され、複製されてどの国で販売されるか全く予想できないし、統制を取ることは極めて困難だ。著作物として権利を保護するための簡単な手段を講じなくてはならない。この無断複製の問題は、アナログ時代と比較して格段に大きな問題だ。また放送権や興行権といった問題も重要で、ブロードバンドの進展のために、これらの課題を早期に克服しておくことが急務だ。

 さらに、現在のホームページが野放図になっていることからして、どんな内容の番組が提供されるか分からない。それを規制することは困難で、社会秩序を乱すようなコンテンツの氾濫することが危惧される。したがって、ブロードバンド時代の映像提供事業のあり方や現行の放送法の精神を、根底から見直す必要がある。

 すでに内外で、映画の動画配信の事業が具体化する動きがあり、その流れがテレビ放送に及ぶことは時間の問題と言えよう。テレビ放送が10年後にはどのような姿になっているかを予見することは極めて難しい。が、ブロードバンドネットワークの普及により、経済・社会環境や生活スタイルが激変する予兆を感じるのである。

 
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