「オールドメディアの“感情伝達機能”」 − 2001年9月10日 掲載
 

 先日、書棚を整理していると、20年あまり前の葉書が飛び出してきた。私が勤めていた会社に入社してきた、当時はまだ会ったこともなかった大学の後輩から郵送されて来たもので、すっかり黄ばんでしまい、昔懐かしい切手が貼ってある。「入社することになりましたので、よろしくご指導をお願いいたします……」という趣旨の挨拶状だ。入社後は彼とは何回も会っていたのだが、先日、“放課後の会合”で会った時に本人に手渡したら「20年前の自分に再会したようだ」と、入社当時を思い出して驚いていた。

 何かの折に、昔に貰った自筆の手紙が出て来て思い出にふけったりする。手紙には、やり取りをする時点には気づかなくても、何年か経った過去を“懐かしむ”という他のメディアにはない、いわば“先物の使命”が内在しており、小さくて角ばった葉書も、やがては大きくて丸い絆となる。

 今日、手紙が電子メールに、固定電話がメールや移動電話に、資料の郵送がメール添付に、新聞がメールマガジンに、言葉が文字に、雑誌や本がホームページにと、メディアの役割や価値は時代の変遷ととも急激に変化をしている。

 電通総研が今年3月に発表した“2000年度「生活者・情報利用調査」”によると、情報関連支出を97年、99年、2000年で比較して、支出の全体平均がほぼ横バイになっている。その中で特徴的なのは、移動電話やインターネットへの支出が伸びる一方で、固定電話や公衆電話は下降していることだ。総務省の家計調査を見ても、ここ10年間の消費支出の変化はほとんどないものの、情報通信支出は95年度以降、一貫して増加傾向だ。手紙やご挨拶といったアナログメディアとの比較がないのが残念だが、個人生活の情報支出というワクの中で、いわゆるIT系のコミュニケーションメディアが金額面で他のメディアを侵食している。

 コミュニケーションに<情報伝達の機能>と<感情伝達の機能>があるとすれば、電子メールのようなデジタルメディアは情報伝達に、また手紙などのアナログメディアは感情伝達に優れているように思える。以前、手紙や葉書は、用件を伝えるためのメディアであったが、連絡役としてのメディアは固定電話に取って代わり、さらに現在では移動電話に代わっている。では果たして、手紙や葉書の役割は終わってしまったのだろうか。イヤ、おそらくこれからも、<情報伝達の機能>ではなく、<感情伝達の機能>を発揮して愛用され続けるに違いない。

 普段は頻繁にメールで連絡を取り合っている人と久しぶりに会って話をしようとして、なぜか他人行儀になり、かえって話題に困った経験がある。伝達すべきことをメールでやりとりし尽くしてしまうと、改めて口にする話題がなくなってしまうからだ。逆に旅先から家族に手紙を出すと、普段話せない内容が、いつもとは違う語調で書けたりする。

 これだけ電子メールが盛んになっても、ご挨拶状やラブレター、旅先からの便りは、便箋や葉書がいい。レターセットに凝ったり押し花や自筆のスケッチを添えたりすることによって、“お便り”は、相手に親密さや感謝の気持ちを増幅して送り届ける重責を担っている。そこには、電子メールには持ち得ない感情を伝える全く異なった世界が広がっている。

 表現力に乏しい人が感情が高まっている時に電子メールで用件を伝えようとすると、得てして乱暴な内容となってしまって相手の反感を買ったりしがちだから、感情に走りそうな内容は、電話や面談にかぎる。事務的な連絡は電子メールで、ニュアンスや本音を伝えたい時は電話か直接会って会話を交わすべきだ。

 EC(電子取り引き)を普及させるにあたって、行政事務における“書面主義”が足かせになっており、電子政府の推進計画では情報の電子化の動きが急だ。しかし、学校の卒業証書やコンクールの最優秀賞の賞状を電子メールに添付して受け取ったとして、紙のそれら以上の喜びを感じるだろうか? IT化の一方で、ある分野では逆に、書面文化の価値は、従来以上に高まっていくだろう。

 個人のコミュニケーションがIT化へ進み生活文化が変化している一方で、人と直接会って話をしたり、自筆の手紙を書くことが時代に取り残されたメディアとなることは決してない。むしろ、ますます貴重で価値ある感情を伝える機能を持ったメディアに変身してゆくにちがいない。ノミ(飲み)ニュケーションによる人間関係の強化の重要性はますます高くなる。

 「お忙しい中、わざわざ御足労いただきまして……」というのは、それだけで従来以上に、相手に対して好感を与え、ある時には取引きの主導権を握るためのアナログメディアとなるだろう。特に、お詫びや「折り入ってのお願い」といった類いでは、多くの時間と金銭とエネルギーの犠牲の基に成り立つ“直談判”というメディアに勝るものはない。

 パソコンの前に座ったままメールを打つだけで万事を片づけようとしないで、IT時代には、どんどん歩き回って差を付けよう。

 
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