「ADSL料金を巡る熾烈な“下等”競争」 − 2001年9月17日 掲載
 

 95年1月の阪神大震災の時、一面の倒壊した家屋の瓦礫で道路が寸断されてしまい、道幅が狭くなった幹線道路は一日中、渋滞状態になってしまった。しかし驚いたことに、朝夕の新聞は瓦礫の間を縫って休むことなく宅配されていた。それによって停電でも周囲の状況を知ることができたことは、あまり報道されていない。あれだけ壊滅的な打撃を受けた神戸新聞でさえ、八方手を尽くした結果、震災当日の夕刊を含めて一日も休刊することなく発行を続けた。新聞社の報道機関としての社会的な使命を立派に果たしたことになる。

 総務省がさる7月、今年1月に実施した2000年度の通信料金の内外価格差の調査を発表した。それによると、欧米と比較して割高感のあった日本のインターネットの利用料金、とりわけこの夏以降、ADSL(非対称デジタル加入者線)の利用料金が急落し、競争原理により大幅に下落していることが明らかになった。その結果、通信料金の内外価格差は逆転した。

 ここ1〜2か月のADSLの利用料下落の激しさは、尋常ではない。消費者にとっては喜ばしいことではあるが、問題はサービスの質が期待通り維持されるのか、「安かろう悪かろう」にはならないかという点だ。

 通信事業というインフラビジネスは、本来安定したサービスを継続して提供することが重要な経営理念であったはずだ。NTTは災害や事故の際にも、たとえそれが自らの責任ではなくとも、決死の体制で夜を徹して通信回線の復旧に取り組んできた。それがインフラ事業の使命であり、宿命でもある。

 一般論として、定常的な事業活動を続けるだけで企業経営ができるのであれば、経営など楽なものだ。しかし、不定形業務や緊急事態への対処、経営環境の変化への対応などに必要とする予備的な設備投資や人材確保をして、ゆとりを持った経営環境を維持しておかなくては、現実的な事業活動はできないし、実はそれが大きな経営コストとなっている。

 鉄道にせよ、水道にせよ、電力にせよ、あるいは道路にせよ、そしていうまでもなく通信事業も、利用者が安心して生活や事業を営むことができるようにサービスを提供することが、事業の第一の責務であるはずだ。利用料金が安くて、なおかつ安定したサービスが継続できるのであれば、実に喜ばしいのだが、天はそう簡単には二物を与えてはくれない。

 通信事業を行う際、収入の道であるサービス料金をギリギリにまで下げた場合には、何らかの犠牲を払わねば経営は成り立たない。そのシワ寄せはどこへいくのだろう? 「サービスの質の低下に影響を及ぼすことはない」と断言できるのだろうか。消費者の立場に立つことを基本的理念としているマスメディアは値段の安きを良しとし、それを煽るのも立場上致し方のない面もある。しかし、サービスの質についてほとんど触れないのでは、客観性を欠いていると言われても仕方がない。

 「たとえ最繁時(通信が集中する時間帯)でも、伝送の待ち時間はないし、伝送速度も落ちない」とか、「ウイルスが事前にネット側で駆除されていて、安心して常時接続ができる」など、もっとサービスの質で勝負をする道もあるはずだ。ブロードバンドと言いながらも、利用料が安いために加入者が殺到し、結果として伝送速度がガクッと落ちてしまったのでは何にもならない。下手をすれば「看板に偽りがある」との非難を受ける恐れも否定できない。多くの事業者は、広告のなかで「回線の状況により伝送速度が落ちることがある」と細かな文字で免責をしている。しかし、それが恒常的に起きるようであれば、約束違反だ。

 ADSLの現状を企業経営という観点から見れば、過当競争というよりは、もはや消耗戦の状況に入りつつある。表現を変えれば、自らの首を自分で絞めるような“下等競争”に陥っているかのように思える。むやみと規模の大きいを追うのではなく、適正な利潤を確保して健全な経営を営んでこそ、初めて継続的で良好なサービス提供が成り立つという原則を忘れてもらっては困る。儲からないから事業から撤退すると一方的に言うのでは、顧客の賛意を得ることはできない。身売りや合併などでオーナー企業がコロコロと変り、サービスメニューや利用者への対応などが頻繁に変るのでは、安心してつき合っていくわけにはいかない。

 値段の安さは、報道機関などの情報提供事業や、ネットワークサービスなどを行なう通信インフラ事業の要素の一つにすぎない。なりふり構わず利用料を下げて、能力以上の加入者を確保することが、バランスの取れた経営とは言い難い。事業者としての使命感を忘れずに、安定したサービス提供も最重要課題であることを忘れないでいただきたい。

 ADSLの急激な低料金化は、CATV(ケーブルテレビ)や電力線利用、FTTH(ファイバー・ツー・ザ・ホーム)など、他のブロードバンド回線サービスの利用料金の低廉化に大きく波及し、以前から指摘されていたインターネットの発展を阻んでいた壁のひとつがなくなる。しかし、利用者として喝采を送りながらも、一方では、大人気の陰に潜むADSL事業としての脆弱さを案じている。

 
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