「“成層圏プラットフォーム”への期待と課題」 − 2001年10月8日 掲載
 

「成層圏プラットフォーム」という国家プロジェクトが進んでいる。高度20キロメートル前後の成層圏に巨大な無人の飛行船を長期間にわたって滞空させて、それを無線中継基地として利用しようという計画だ。

 高度20キロメートルといえば、エベレストの2倍強、欧州・米国などへ行く長距離ジェット旅客機の飛行高度の約2倍の高さ、平面的には東京駅から鶴見駅、大阪駅から芦屋駅あたりまでの距離の高さに相当する。偏西風が強く吹く対流圏のさらに上の空間で、一年を通じて気流が比較的安定した微風地帯だ。ここに16機前後の飛行船を日本の各地域の上空に滞空させると、日本全土をカバーすることができる。

 構想では、飛行船の長さが約150メートルという巨大なもので、ヘリウムガスを充填して浮かべる。飛行船の上部一面には、太陽電池が貼り詰められて昼は太陽電池で、また夜間は燃料電池をエネルギーとして運行する。地上からの追跡管制指令により、プロペラを動かして位置を微調整しながら、ほぼ同じ位置に滞空させる。

 この飛行船を、移動通信の基地局や放送局の送信アンテナ、放送番組の中継基地局、地球観測、災害監視などに利用することが想定されている。総務省をはじめ文部科学省、航空宇宙技術研究所、宇宙開発事業団、海洋科学センター、通信総合研究所、通信・放送機構などが一丸となって平成10年から本格的に取り組んでいる。平成13年度予算だけでも、約30億円(文部科学省と総務省の合計)に達する巨大国家プロジェクトだ。

 成層圏プラットホーム計画には、多くのメリットがある。つまり、上空3万6千キロの静止衛星より高度が大幅に低いことから、地上と基地局との間で生ずる伝送遅延がほとんどなく、端末機の無線出力が弱くても済み、端末の小型・軽量化が実現できる。さらに、従来の固定マイクロ回線に代えて飛行船を利用すれば、既設のマイクロ回線の間に高層ビルが建って回線が使えなくなった時の代替策として利用でき、地上のアンテナ基地局のように用地確保や景観上の問題も少ない。また携帯電話などの移動体通信でもビル陰などの電波の不感地帯が少なくなるといったメリット、さらに固定マイクロ回線用の周波数を逼迫している移動体通信用に割り当てることができるなどの利点がある。

 また、上空に滞空している飛行船を定期的に地上へ回収してメンテナンスし、再び上空へ上げて飛行船を再利用すれば、設備コストが削減できる。

 しかし一方では、いくつかの問題も指摘できそうだ。例えば、放送衛星などの静止衛星と地上の各家庭のBS受信アンテナや衛星基地局のアンテナを結んだ位置に飛行船が滞空した場合、問題が起きないかという心配がある。言い換えると、飛行船がアンテナビームを遮断する位置に入ることで、家庭で衛星放送が受信できなくなる・・・・・というようなケースだ。特に、衛星地上局の送信アンテナと静止衛星との間のアップリンクのビームを遮ってしまうと、状況によっては全国の衛星放送が一斉に受信できなくなる恐れがある。これは飛行船が上空に滞空している時に限らず、衛星を上空の所定の位置に上げたり地上へ戻す際にも、同様の恐れがある。

 通常の航空機であれば、アンテナビームの間を通過しても瞬間的に電波が途切れるだけだが、この飛行船本体が大きくて極めてゆっくりと動いているから、なおさら心配だ。現段階では、障害が発生すると断言できないものの、今後さらに検証をしておかないと社会問題になりかねない。同じく通信衛星のほか、気象観測衛星などの静止衛星との通信が一時的とはいえ、遮断されることがないかといったことも踏まえておく必要がある。

 現在の民間ジェット旅客機は、先に挙げた通りほぼ10キロ程度の高度を航行しているが、すでに上空20キロ程度を飛行する長距離旅客機の構想も発表されている。また軍用機や観測ロケット、あるいは衛星打ち上げ時に切り離された初段ロケットが飛行船に衝突しないだろうか。さらに、飛行船を上空に打ち上げたり地上へ戻す際に、航空機の空域に入り込んで航行の妨げにならないか・・・・・などといった懸念もある。

 上空に飛行船などを滞空させて無線基地局にするという計画は日本独自のものではなく、米国やドイツ、韓国、中国、英国、インドネシアなども研究開発計画を発表したり実験を行っている。すでに米国航空宇宙局(NASA)はさる6月、無人ソーラー飛行機「ヘリオス」を高度29キロの高度で飛行させることに成功した。

 実験用の飛行船ができないことには、管制方式や通信・放送、衛星観測の実用化実験もできないため、これらの実験のための機材が積める実験用飛行船の一日も早い完成が待たれる。すでに、今年の6月には川崎重工業播磨工場で、平成15〜16年に予定されている定点滞空飛行試験用の飛行船(長さ20メートル)の浮力制御デモが行われるなど、計画は着実に進行している。

 技術面や運用面を含め、突破すべき数多くの難関を抱えた国家の一大プロジェクトであるが、日本独自の英知を結集して、ぜひ実現を目指して欲しいものだ。

 
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