「メールアドレスのポータビリティに利便性を」 − 2001年11月5日 掲載
 

 先日、友人からメールが来た。「このほどADSLに加入し、ISP(インターネットサービス事業者)を変えたので、これまでのメールアドレスが使えなくなる。アドレス帳の変更処理をして欲しい。10月末の10日間は新旧両方のアドレスが使える」という。つまり11月に入って旧アドレスを使うと、エラーになるわけだ。

通信の世界に“番号のポータビリティ”、あるいは“ナンバーポータビリティ”という概念がある。つまり、加入する事業者を変えても、事業者が同じで利用するサービスを変えても、端末を買い代えても、引越しをして端末を使っている住所が変わった場合などでも、「これまでと同じ電話番号がそのまま使える」という概念だ。

例えば現在、一般の加入電話からISDNにサービスを切り替えた場合、あるいは一般の携帯電話からインターネット接続ができる携帯電話(iモードなど)にサービスを切り替えた場合、携帯電話の端末を別のメーカーの端末に変えた場合、また一般の加入電話の端末から「Lモード」端末に変えた場合でも、事業者が同じであれば、これまでの番号を変える必要はない。

 しかし、携帯電話に加入している事業者を変えた場合や、同じ事業者でもPHSから携帯電話にサービスを変えた場合には、電話番号を変える必要がある。多くの人が経験しているように、引越しをして住所が変わると加入電話の電話番号も変わってしまう(同一MA内――市内交換機が同じ場合――では、変える必要のない場合もある)。このように、電話番号を変える必要が生じるケースは多い。

 話をインターネットに戻すが、ブロードバンド時代と言われ競争が激化した結果、通信料金が急激に安くなってきた。その結果、ADSLにせよCATVのインターネット接続サービスにせよ、加入者の伸びはうなぎ登りだ。しかし現実には、ダイアルアップ接続で使っていた従来の低速回線から別の事業者のADSLやCATVなどの高速ネットワークサービスに乗り換えた途端、「メールアドレスを変えなくてはならない」という頭の痛い問題が生じてくる。

加入者は、数多くの関係者にメールアドレスが変わったことを通知し、メールマガジンやネット通販をはじめ多くのサービスなどに登録しているアドレスも、すべて変更処理をする必要がある。これは大変な労力だ。とりわけ、事業用として使っているメールアドレスが変更されたことによって送られたメールがエラーになると、ビジネス機会を失う可能性があるほか、社会的信用をも失墜しかねない。

そのため、利用料が安くてスピードが速い魅力的なサービスだと分かっていながら、アドレスが変わることによる煩わしい作業を嫌って、NTT系から他のプロバイダーへの乗り換えを見送っている人も多いようだ。これが、通信市場では“NTTのガリバー状態”からなかなか脱却できない理由のひとつにもなっている。NTTとNCC(新規事業者)との公平な競争を確保するためには、阻害要因にもなっている番号問題をはじめとした民民規制の緩和を後回しにして、通信料金や法体系に偏った議論だけをしていてはいけない。

従来のメールアドレスを生かしたまま、ブロードバンドの新しいアドレスに自動転送するように設定すれば済むことだが、それには、旧アドレスから新アドレスへメール転送するという便益だけのために、月額何がしかの利用料を払って従来の低速のISPへの加入を継続する必要がある。これでは、費用の節約にはならない。

2〜3年前に、多くのISPのメールアドレスのドメイン名が、「or.jp」から「ne.jp」に一斉に切り替わった。こうしたことがあると、古い名刺を見て「or.jp」の頃のアドレスを使ってメールを送った人は、アドレスエラーになってしまう。

 一部の企業は、数字で構成された社員番号を利用して、社員のアドレスとしている。私の知っている多くの企業は、この1〜2年以内に数字の社員番号から本名のローマ字表記を使ったアドレスの体系に変えたが、以前に貰った名刺に記載されたアドレスは、もう使えない。「.com」のアドレスが取りやすくなったこともあり、全社統一の体系に切り替えているところが増えている。大企業になると、事業所や部署毎にサブドメイン名を変えているところが多く、社内で異動するたびにアドレスが変わってしまう。古いアドレスしか知らずに久々にメールを送ると、社内でのアドレス体系の変更や組織変更、本人の異動などにより、「このアドレスは使われていません」のエラーになってしまうことが多い。

 以前は、電話番号や住所など、本人と連絡をとるための複数の手段を持っているのが普通だったが、近頃では、メールアドレス以外にアクセスの手段がない人が増えてきた。最初に会った時には名刺を交換したが、その後は会ったこともなくメールでしか連絡を取り合っておらず、メールアドレスだけが双方を結ぶ絆になっている人が増えている。

メールの<署名欄>に電話番号や住所があれば連絡の手がかりは残されているが、署名がなく、唯一の手がかりであるアドレスが変わったことを知らずにメールを送ってエラーになれば、それ以降、その人との関係は断ち切られてしまう。ただひたすらに、先方からメールが飛び込んで来るのを待つしかない。

 頻繁に転職する人が多い香港や台湾などでは、会社を辞めた瞬間に顧客や知人、証券会社などと連絡が取れなくなっては困るので、自分個人の携帯電話を持って、コンタクトが継続できるように自衛している人が多いと聞く。

 メールのアドレスは、地理上の場所に帰属しているわけではないので、引越しをしようが、海外旅行に行こうが、乗り物に乗ろうが、メールはいつも手許にやってくる。この点は、携帯電話の利便性と酷似している。会社や大学で使っている仕事用のアドレス以外に個人のアドレスを持って、それを、いわばホストアドレスのように位置付けて、他のアドレスからメールなどが転送されて来るようにしている人は多い。最低限、そのホストアドレスさえ永続的に確保しておけば、自分自身が行方不明状態に置かれることは少なくなる。

 組織の弾力化、居住のモビリティーなどで、異動や引越しが増える傾向にある。「ブロードバンド時代になってネットワークの利便性が驚異的に高まる」といった声が聞こえるが、メールアドレスが間違っていては、ネットワークに接続もできない。

今年1月に公表された「e-Japan戦略」で一躍クローズアップされた「IPv6」を導入すると、「アドレスの数が無限大になる」という。しかし、気をつけないと「数ばかりが多くて、何がなんだかワケが分からん」という混乱状態にならないよう、今から管理運用には万全を期しておかねばならない。

ネットワークの構成上、サーバー単位にメールアドレスを付与するのが最も都合がいい。しかし、ネットワークが社会に浸透し利用形態も多様化してくると、一般生活者にとって使いやすい利用者主体の電話番号体系やアドレス体系を構築しなくては、これ以上の情報通信の進展は望めない。将来、引越しをしたりプロバイダーが廃業した途端、車のエンジンから冷蔵庫、犬の首輪まで、アドレスを切り替えるため奔走することになったのでは、社会から「何のためのIT革命なのか」と非難されることになる。

 理想論ではあるが、例えば“パーマネントアドレス”(恒久番号)のような個人に帰属して、安心していつまでもつき合っていけるメールアドレスの体系、あるいは旧アドレスを維持管理し、新旧変換転送してくれるような第三者機関はできないものだろうか? その体系の管理やネット内のアドレス(IPアドレス)との変換を行う機関は、現在のISPをはじめ多くの利害関係者の調整が必要であり、実現には堅固な障壁がある。国の行政機関なりが力を発揮して、検討を進めて欲しいものだ。

 現在のところ、電話番号のポータビリティの議論が中心となっているが、「IT革命」と言われる今日、ネットワークの運営の要となるメールアドレスのポータビリティにも注目しなければならない。パソコンの世界を社会生活に広く深く根付かせるためには、幾多の未完成な部分が残されている。そのひとつが、メールアドレスのポータビリティだと思う。

 
  HOME /  トップへ戻る / 新しい記事へ / 過去の記事へ