「交通機関内のモバイルコンテンツの本質」 − 2001年11月12日 掲載
 

JR西日本の山陽新幹線が11月8日から、最新型の“レールスター”の一部車両を使って、「レールスターおでかけネット」と呼ぶワイアレスコンテンツ提供実験を始めた。乗客に貸し出したPDAや乗客の自分のパソコンで、天気予報、列車時刻表の検索、駅弁情報、車両設備情報、駅構内の案内などの情報がBluetoothを利用して取り出せる。

 新幹線の乗客は、どんな情報を望んでいるのだろうか。私は、各車両の出入り口の上にある電光表示のニュースが好きで、いつもニュースをボォーッと見ている。だから、文字が読みやすい、車両の中ほどのD席に座ることにしている。近くの人の視線を観察しても、電光表示の方に視線が向いている人は多い。逆に年末年始など、コンテンツを送り出す担当者が休みに入ったのかニュースのネタが少ないためか、ニュースが流れない時には寂しくなる。

 東海道新幹線では、NHKラジオの第1放送をリアルタイムで聞くことができる。外部の電波を受信するのではないから、トンネルに入っても聞けるし、雑音も少ない。私は、たいていラジオを持って新幹線に乗り、耳ではラジオを聞きながら、目では電光表示のニュースを見ることにしている。市販のFMラジオさえ持っていれば聞けるのだが、どうも聞いている人が少ないようだ。

 以前に航空関係者から聞いたことがある。航空運賃の競争により、航空会社はキャビンアテンダント(早い話、スチュワーデスのこと)の人数削減をしている。人数が減ると各人の仕事量が増えるから、仕事を軽減する工夫をしている。たとえば救命胴衣の装着や非難口の説明をビデオで行うのもその理由だ。

 実はお客様には、静かにお休みいただくのが、客室乗務員にとっては手が掛からず都合がいいようだが、長時間座っていると乗客が退屈して、「飲み物が欲しい」「雑誌が読みたい」などと要求してくる。そこで、乗客が退屈しないように、映画を上映したり、ニュースを映したり、飛行位置の地図を映したり、テレビゲームや機内販売のサービスをするなど、次から次へと気分転換を図る――のだそうだ。航空会社にも、お家の事情があるわけだ。

 アメリカのユナイテッド、アメリカン、デルタの航空3社と航空機大手のボーイングは共同で、来年の後半から合わせて1,500機で、電子メールのやり取りやWebの検索、オンラインショッピングなどが機内でできるネット接続のサービス「コネクション・バイ・ボーイング」を行う。通信は衛星を通じて行い、上りが1メガ、下りが5メガ程度の通信速度、また利用料金は1時間で20ドル程度が予定されている。ただ、静かに寝ていたい、瞑想にふけっていたいと願っている時に、隣の席でパソコンのキーをコトコトやられたのでは、安眠妨害だ。

交通機関で優先されるのは、第1に安全運行、第2に定時運行、そして第3に旅客サービスだと言えるだろう。だから新しい旅客サービスを導入しようとしても、設備投資の優先度は低いし、「そんなことをせずに、運賃を安くするのが先だ!」という声が必ず聞こえてくる。無料でサービスをするのであれば、情報提供に必要な設備費を誰が負担するのかという問題は、避けて通れない。

 列車や旅客機の客席などの閉空間で情報サービスを行う場合、その中の乗客が平等にサービスを受ける権利を持っている。前の座席の人も後ろの人も平等に映像が見られなかったり車両によってサービスが受けられないと、苦情が出てしまう。新幹線の電光表示は後方や前列の席では見にくいのだが、私はいつも、「クレームは出ないのだろうか」と不思議に思っている。

 鉄道にせよ飛行機にせよ、乗り物に乗っていて最も必要とする情報は、実は、事故や悪天候の際の運行状況に関するものだ。車内放送や駅の構内放送で事故のアナウンスがあるたびに、乗客は歩く足を止めてまで耳をそばだてて聞いている。途中の駅で足止めを食ったら、いつ運転を再開するのか、目的地にはいつ着くのかなどが、最も欲しい情報だ。事故が起きたことに対するイラダチよりも、非常時への対処への不満の方が大きい。特に新幹線のような長距離路線では、動き出すまでに時間がかかるのなら、降りてホテルへ飛び込んだ方がいいのか、目的地に深夜に着いたら、その後の足の便はどうなるのか、弁当は配ってくれるのかなど、不満が積もる一方だ。実はそのようなときにこそ、情報提供サービスの真価が問われる。

 不幸にして、通勤電車が信号機故障や人身事故などで止まることがある。そんな時、駅では素早く振替輸送の手配をしてホームに人が溢れないように構内放送で客を外へ誘導している。しかし私は、特に人身事故の場合は、ひたすらホームで待つことにしている。最近では事故の処理が早く、ほどなく電車が動き出すことが多いからだ。慣れない電車を使って迂回して会社へ向かうより、待機していた方が疲れないし、「結果オーライ」のことが多い。その時間を利用して、このコラムの原稿を書いたりする。

 しかし、非常時の情報を敏速に集め、適確に乗客へ伝えるのは、意外と難しい。正確な情報を伝えるのが必ずしも最適とは言えないし、同じ内容を何度も繰り返すと、乗客は怒りだす。乗客の行動心理を理解して情報を提供しなくてはならない。

 正常に運行されている時、新幹線の乗客が果たして時刻表や駅弁情報を熱望しているのだろうか。情報を伝える手段が目前にあるのに欲しい情報が含まれていないと、金を掛けた折角のサービスが不評を買って逆効果になってしまう。さらに、事故や悪天候の時など、電光表示という車内の“マスメディア”が存在していながら、それを活用して事態に即応した情報を提供する工夫をして欲しい。

 東京の山手線の一部の車両では、車内の全てのドアの上に取り付けた液晶ディスプレイを使って、文字ニュースや天気予報などを流している。ところが、朝の8時頃に乗っても、朝6時頃の“天気予報”を表示していることがある。過去の時刻の天気予報を見せられても誰も喜ばない。結局、周りの乗客を見回しても誰もディスプレイを見ていない。いくら情報提供の設備を施しても、内容で成否が決まる。

 新幹線にしても、長時間、座ったままの乗客が退屈をしないよう旅客サービスの強化をしなくては、長距離の上客を航空会社に奪われてしまう。将来は新幹線でも、パソコンを使って、外部の情報にリアルタイムでアクセスできたり、世界中のWebが自由に検索できるようなサービスが要求されるだろう。それを実現するには、時速200キロを超す超高速走行をしている新幹線の車両と、地上との間を高品質の高速無線回線で接続する必要があるが、これは技術的に容易ではない。しかし航空会社がサービスを始めると、対抗措置として新幹線もやらざるを得ない。

 一般に、情報サービスを始める時に情報提供体制が疎かになっていたのでは、「無駄使いだ」との非難を受ける結果になってしまう。今回のJR西日本の実験は、12月20日までの1か月半の期限付と伝えられているが、最新の技術であるBluetoothを使っているという技術的問題よりも情報の内容が最も重要で、それによってサービスの真価が問われる。システム系の実験もさることながら、トンネルの多い山陽新幹線で好まれるコンテンツは一体何なのか、また緊急時の情報提供体制のあり方など、交通機関における情報提供の本質の検討に力を注いで欲しいものだ。

 
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