「音声アシストシステムに共生社会への道程を見る」 − 2001年11月19日 掲載
 

成熟社会に入るとともに国民1人ひとりの人権が尊重され、性別、国籍、世代を超え、また障害の有無にかかわらず、誰もが平等に社会参加や日常生活ができる豊かな社会作りが求められている。こうしたなかで、共生社会におけるIT(情報通信技術)の利用についても積極的に考えてゆく必要がある。

残念なことに知名度が低いようだが、FM電波を使った音声情報提供システムで「音声アシストシステム」というものがある。75.8MHzという全国統一周波数で、一般のFMラジオ放送のすぐ下の帯域を使うと同時に、数々の技術仕様がFMラジオ放送と共通になっている点に特徴がある。

主として視覚障害者に対して、交差点の横断歩道や歩道橋、駅の改札口や階段、銀行などのATM、郵便ポストやバス停などの位置や各種案内情報を音声で提供できる。さらに健常者に対しても、博物館や美術館の展示内容の説明、国際会議での同時通訳、観光地での名所案内、公共機関や病院での手続、イベントでの説明などの情報を、自然な音声で提供することが可能だ。

電波を出すには、一般的には電波法に従って無線局免許を取得するなどの手続が必要なのだが、このシステムの送信電波は「特定小電力無線設備」の10mWという弱い出力であるため、免許や資格を取る必要はない。この出力では目安として、半径約100mまで受信が可能であるが、案内情報をスポット的に提供するには、むしろ半径約1〜2mの狭域の方が好ましいことが多い。言わば「各スポットで、天井からシャワーのように情報が降り注いで来る」ような使い方に適している。この方式は今年4月に電波監理審議会に答申されたあと、電波産業会(ARIB)が標準規格「STD T68」として制定している。

 ただ、長野県上田市の郵便局など信越地区で試験的に運用されたことはあるものの、実用化された例は今のところ聞いていない。また情報を提供する機器では、ラステーム・システムズ社が送信機を市販している以外、耳にしない。前に述べたように、FMラジオ放送に隣接した周波数を使い、ほとんど同じ技術規格になっている。したがってFMラジオで75.8MHzの周波数が受信できる機能を備えていれば、この音声アシストシステムの受信機とラジオを共用することができる。

 メーカーとしては、量産効果によるコストダウンを優先的に考えなくてはならない宿命にあるが、身障者を対象とした機器の商品化は収益性の面から後回しにならざるを得ない。したがって、高価になりがちな音声アシストシステム専用受信機ではなく、健常者も利用できるユニバーサルデザインとして商品化されれば、受信機が量産されて安くなり、入手も容易となる。この共用型のラジオはまだ市販されていないようだが、1日も早く商品化され、このシステムが広く社会に普及することを期待している。

 他方、廉価な受信機を商品化しようにも、情報提供がされていないのではメーカーとしては受信機を商品化する意味がない。何はともあれ、情報提供が随所で積極的に行われることが必要だ。さらに「音声アシストシステム」という呼び名では、あまりにも固い印象が拭えないが、普及のためには多くの人に馴染めるような愛称をつけるべきだ。

 前回のこのコラムで、「新幹線の車内で、私はラジオ放送を楽しんでいる」と書いたが、あちこちの博物館や観光地で詳しい説明が自分のラジオで聞けるようになれば、「出かける時には忘れずに」ラジオを持って出る社会習慣が定着するだろう。今や、ケータイを持って外出するのが一般化しているが、いずれは、ラジオ内蔵型のケータイが商品化されることを願っている。外出中に地震や交通事故、重大事件が起きた場合には、何よりもラジオからの情報に頼るのが一番だから、危機に対する備えとしての位置づけは大きい。

 情報通信技術を利用した視覚障害者の歩行をサポートするシステムについては、長年、総務省(旧郵政省)や国土交通省(旧建設省)、鉄道技術総合研究所をはじめ多くの行政機関などが取り組み、多くの大学の研究者が個別に研究を行い、多くのメーカーが試作研究を続けている。赤外線を使ったもの、道路に送信機やICチップなどを埋め込んだもの、GPSを使うものなど各種があり、「歩行者ITS」「ホコナビ」などと呼ばれている。しかしそれぞれの方式が様々で、実験が行われている場所も異なっている。

 障害者が行動する場所によって異なる受信機を持ち歩くことは、事実上不可能なことだ。数多くの関係者が議論を尽くして試作、実験を繰り返し時間を費やし、せっかく賛同を得て標準規格を制定した音声アシストシステムが円滑に浸透していないのは無念だ。今後、多くの場所で採用され普及していくことを期待している。

 今日、“学益”や“省益”に固執して、研究や実験の主導権争いが許される社会情勢にはなく、今や一日も早くシステムの方式を絞り込むべき段階に来ている。研究論文や研究発表のためや、行政機関の予算獲得のために現状を看過し、時間と税金を消費し続けることを容認できる状況にはない。社会的弱者も健常者も等しく社会参加の機会が得られる“共生社会”を築くため、情報技術が効果的に活用され、協調ある姿勢で実現に向けて取り組まれることを望んでいる。

 
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